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岡山地方裁判所 昭和55年(行ウ)1号 判決

岡山県笠岡市北木島町九六二八番地

原告

赤瀬甫

右訴訟代理人弁護士

山崎博幸

豊田秀男

嘉松喜佐夫

関康雄

同市五番町五

被告

笠岡税務署長

山中康彰

右指定代理人

馬場久枝

山本武男

塩見洋佑

大谷庸介

入澤才治

井藤治幸

村中豊

岡山昭陽

主文

一  被告が原告に対して、昭和五三年三月六日付けでした原告の昭和五一年分の所得税の更正処分のうち総所得金額一七九万三一〇〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分をいずれも取消す。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

事実

(当事者の求めた裁判)

第一請求の趣旨

一  被告が原告に対して、いずれも昭和五三年三月六日付けでした次の課税処分を取消す。

1 原告の昭和四九年分所得税の更正処分(但し、裁決による一部取消後のもの)のうち総所得金額五三万五〇〇〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分(但し、裁決による一部取消後のもの)

2 原告の昭和五〇年分所得税の更正処分のうち総所得金額二一八万六五〇〇円を超える部分及び無申告加算税の賦課決定処分

3 原告の昭和五一年分所得税の更正処分のうち総所得金額一七九万三一〇〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分

二  訴訟費用は被告の負担とする。

第二請求の趣旨に対する答弁

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

(当事者の主張)

第一請求原因

一  本件各処分の経緯

1 原告は、昭和四九年分ないし昭和五一年分(以下、「本件係争各年分」という。)の所得税につき、それぞれ別表一ないし三の課税経過表の確定申告欄記載のとおり申告した。

なお、昭和五〇年分の申告は法定期限後の申告であつたため、被告は昭和五一年一二月一六日別表二の確定申告・無申告加算税の賦課決定額欄記載のとおりの無申告加算税の賦課決定処分をした。

2 これに対し、被告は原告に対して、昭和五三年三月六日付けで別表一ないし三の更正欄記載のとおりの、更正処分(以下、「本件各更正処分」という。)及び過少申告加算税(昭和五〇年分は無申告加算税)の賦課決定処分(以下、「本件各賦課決定処分」といい、これと本件各更正処分とを併せて「本件各処分」という。)をした。

3 原告は、昭和五三年四月四日、被告に対して、本件各処分に対する異議申立をしたところ、被告が同年七月八日これを棄却する決定をしたので、更に同月二五日国税不服審判所長に対し審査請求したところ、同所長は昭和五四年一一月六日、昭和四九年分については別表一の審査裁決欄記載のとおり原処分の一部取消の裁決をし、昭和五〇年分、昭和五一年分については、別表二・三の審査裁決欄記載のとおり棄却の裁決をした(なお、以下、本件各更正処分、本件各賦課決定処分、本件各処分などという場合は、昭和四九年分は、右裁決による一部取消後のものをいう場合もある。)。

二  本件各処分の違法性

1 手続上の違法

(一) 原告が民商会員であることによる差別的措置昭和五二年八月三日、何の事前連絡もなく突然被告職員が原告宅を調査のため訪れた。その際原告は、西備民主商工会(以下、単に「民商」という。)の会員であることを明らかにし、民商と相談したい旨述べるとともに調査目的・理由の説明を求めた。これに対し被告職員は、「調査は民商と関係がない。民商からすぐ書類を取寄せてくれ。」と強く要求するのみで、調査目的・理由につき何ら説明しなかつた。その後の調査においても、被告の職員は、調査日時も原告の都合を聞かないで一方的に決定し、また最後まで調査の目的・理由を明らかにしなかつた。原告は調査自体を拒否したことは一度もない。被告は調査と称して、結局原告の説明なり反論なりを聞かないままいわば懲罰的に本件各処分を行なつた。

これは、原告が民商会員であることを理由とした差別的措置であり、本件各処分は、憲法一四条、二一条に違反する違法な処分である。

(二) 営業権侵害

被告は、原告に対する前記第一回の調査の五・六日後から、原告の取引銀行である山陽相互銀行笠岡支店を調査し、また、原告の取引先である訴外奥田満(以下、「奥田」という。)に対しても早い時期に調査を行なつた。

ところが、反面調査は、納税者の信用や営業利益を損なわないよう慎重な配慮が必要であり、また必要性がないのにみだりに行なわれるべきではない。ところが、被告は、本人調査が始まつて数日後の、必要性は何ら生じていない時期に反面調査を開始しているのであつて、このような反面調査の仕方は、意図的な営業妨害であるといわざるを得ない。

また、処分後の事情であるが、原告は本件各処分に対し異議申立を行なうとともに国税徴収法一〇五条による徴収猶予の申立を、原告所有の不動産を担保提供する旨の書類を添付して行なつた。右不動産の担保価値は十分であつたのに、被告は正当な理由なくこれを拒否し、昭和五三年六月一五日山陽相互銀行笠岡支店の原告名義の預金等を差し押さえた。そのため原告の銀行取引は大混乱し、同年七月三日には同銀行から預金の相殺通知が来るなど、事実上銀行取引は停止されてしまい、原告の信用は失墜し、銀行取引は解約せざるを得なくなつた。

このような、被告のやり方は、原告を倒産に追い込むことを企図(少なくとも認容)したとしか考えられず、被告の原告に対する営業権侵害は明白である。さらには、申告制度自体をも破壊するものである。

従つて、本件各処分の手続は全体として、憲法三一条、二九条一項、国税通則法一六条一項一号に違反する違法なものである。

2 実体上の違法

原告の所得は申告額どおりであるから、本件各処分は原告の所得を過大に認定した違法がある。

三  よつて、原告は、本件各処分の取消を求める。

第二請求原因に対する認否

一  請求原因一の事実は認める。

二  同二の主張は争う。

第三被告の主張

一  手続上の適法性

1 原告の本件各係争年分の申告額が、前年分(昭和四八年)の申告額に比し、特段の営業の変化もみられないのに、激減していることなどから、申告額の正否の確認のため、調査を行なう必要性があつた。

そこで、被告の係官は昭和五二年八月三日、原告宅等を訪ね、原告や原告の長男の訴外赤瀬万年(以下、「万年」という。)に対し、調査目的を述べて、事業所得の計算の基礎となる帳簿・書類等の提出を求めた。しかし、原告が提出したのは、民商の近藤事務局長(以下、「近藤」という。)の作成した昭和五〇年分と昭和五一年分の売上・経費(項目別)の総額及び所得金額を一枚の紙に記載した収支計算総括表と法定の火薬の使用簿のみであつた。そして、右総括表の基礎となつた売上、領収書等の原始記録は、民商に預けてあると答えたので、次回の調査期日までに取寄せておくように依頼した。

その後、被告係官は、調査期日につき、原告の了解のもとに、昭和五二年八月八日、同月一九日、同年九月一六日の三回に亘り、原告宅に赴いたが、原告は、いずれも原始記録を提出しないばかりか、右九月一六日の調査には、近藤ら民商の会員数名が調査に立ち合い、近藤らは調査の事前通知・調査理由の開示を要求するのみで、調査の協力が得られなかつた。

そこで、被告係官は、反面調査を行なうなどの方法により可能な限り所得計算に必要な係数を実額により把握するとともに、一部把握不可能なものについては推計によるなどしてとりあえず、所得金額を計算した。

そして、被告係官は、昭和五三年二月一六日、原告宅に赴き、万年に対し、調査結果を説明し、他に控除すべき特別経費が存在すれば同月二一日までに来署してもらいたい旨伝えたが、これに対し、原告は何らの反論、特別経費の申立等しなかつた。

そこで、被告は、反面調査等の調査結果に基づき、本件各処分をした。

2 以上のとおりであつて、調査の一般的必要性があり、その調査の方法も社会通念上相当と認められる範囲内のものであつて、被告のした調査手続にはいささかの違法も存在しない。

また、本件各処分自体も、原告が民商会員であることを理由にした差別的措置ではなく憲法一四条、二一条に違反することはないし、また、原告の営業権を不法に侵害したことも、申告制度自体を破壊するものでもなく、憲法三一条、国税通則法一六条一項一号に違反するものでもない。

二  原告の総所得金額

1 原告の本件係争年分の総所得金額は事業所得金額のみからなり、その事業所得金額は別表四ないし六の事業所得算出経過表の事業所得金額欄(〈11〉欄)記載のとおりであつて、その範囲内で原告の総所得金額を認定した本件各更正処分は適法である。即ち、被告主張の右総所得金額を算出した根拠は、別表四ないし六に示すとおりで、同各表中重要な点を詳論すれば次項以下のとおりである。

2 売上金額

(一) 昭和四九年分 一二〇八万四六八〇円

右の売上先別の内訳

(1) 奥田 九八三万〇七八〇円

(2) 谷川石材総本舗(株) 一一万〇〇〇〇円

(3) 北木島石材(株) 二一四万三九〇〇円

(二) 昭和五〇年分 一一〇六万七六〇〇円

右の売上先別の内訳

(1) 奥田 七〇五万三六〇〇円

(2) 谷川石材総本舗(株) 一二万四〇〇〇円

(3) 北木島石材(株) 二六五万二〇〇〇円

(4) (株)奥田石材本店 四万八〇〇〇円

(5) 奥野弥太郎 七五万〇〇〇〇円

(6) 山陽石材工場(河田雅宏) 四四万〇〇〇〇円

(三) 昭和五一年分 一二二三万八二二〇円

右の売上先別の内訳

(1) 奥田 一一二三万九四〇〇円

(2) 谷川石材総本舗(株) 四万四〇〇〇円

(3) 北木島石材(株) 五八万六六〇〇円

(4) 谷川雅己 二〇万〇〇〇〇円

(5) 中川剛 一六万八二二〇円

3 奥田に対する売上金額の算出根拠について

原告の奥田に対する売上高の明細及びその根拠は、別表七ないし九の奥田振出手形の状況の被告主張の売上金額欄及びその余の各欄(但し原告の認める売上金額欄を除く。)記載のとおりである。即ち、

(一) 被告は、原告の取引銀行である山陽相互銀行笠岡支店を反面調査し、原告が奥田振出の手形を同銀行で割引いたり、満期に同銀行を通じて取り立てたりしていることを把握した。

ところで、原告の審査請求段階の主張によれば、右手形には、原告が奥田の依頼により同人のために割引いてやつた分が含まれている旨主張していた。右主張のとおりであるとすれば、奥田振出の手形を、原告の取引銀行で原告の責任において割引き、その割引金を奥田に融資したことになる。即ち、手形振出日又はそれに近い日に原告が当該手形を取引銀行で割引き、原告の口座内で直ちにそれに見合う入出金の処理がなされて奥田に交付されるべきはずのものである。そこで、原告が割引を受けた前記奥田振出手形のうち、当日直ちに入金に見合う出金処理がなされているものについては、原告の主張する金融目的の可能性も否定できないのでこれを除外した。

そして、奥田振出手形のうち、〈1〉原告が割引を受け、原告の預金口座に入金されているが、これに見合う出金がないもの-例えば、その入金の全部又は一部を留保されているもの(そのまま預金口座内で留保されたものや、原告や原告の家族名義の定期預金・積立預金等として振替留保されたもの)、〈2〉原告が満期に取引銀行で取り立て入金しているもの、〈3〉原告がその手形を債務の支払等として第三者に譲渡したものについては、いずれも原告主張の金融を目的とした手形とは考えられないので、右手形金額をもつて、原告の奥田に対する売上金額であると推認すべきである。

(二) 右手形から把握した売上高に、原告が審査請求段階で自認していた奥田に対する現金売上高、被告が把握した現金売上高、奥田振出の小切手の取り立て入金高をそれぞれ合計すると、それが、被告の主張する総売上高であり、詳細は前記別表七ないし九の被告主張の売上金額欄記載のとおりである。

(三) なお、原告は、別表七ないし九の原告の認める売上金額欄記載の売上金額以外の分はすべて原告の奥田に対する現金貸付がありその返済として同人から手形を受け取つた分で、売上金の支払によるものではない旨主張するが、〈1〉原告の過去の申告状況、〈2〉原告が、昭和五〇年から昭和五一年にかけて、四男の訴外赤瀬昌彦(以下、「昌彦」という。)の家を新築していること、〈3〉原告が、昭和四九年末現在で約一〇〇〇万円の預金(家族名義を含む。)を残していること、〈4〉原告が、開業当時の設備資金として、山陽銀行笠岡支店から三〇〇万円を借入ていること等に照らせば、原告には奥田に対し右のごとき多額の現金貸付をする資金的余裕がなかつたことが明らかであり、右主張は失当である。

4 一般経費(特別経費控除前の所得金額)について

(一) 前記一記載のとおり、被告の調査に対して、原告は全く協力せず、一般経費の実額がわからなかつたので、これについては推計計算せざるをえなかつた。

(二) 原告と類似業者の特別経費控除前の所得率は、別表四ないし六の各付表の同業者の比率表記載のとおりであり、原告の売上金額に右平均値を乗じて原告の特別経費控除前の所得金額を算出した。

第四被告の主張に対する認否

一  被告の主張一は争う。

二  被告の主張二につき

1 同1のうち、原告の総所得金額は事業所得のみからなること、別表四ないし六記載の各同業者の特別経費控除前の所得率、特別経費及びその内訳、事業専従者控除額は認め、売上金額のみ不認する。

2 同2のうち、いずれも奥田に対する売上金額のみ否認し、その余の売上金額は認める。

奥田に対する売上金額は、昭和四九年分・一九六万四七〇〇円、昭和五〇年分・三六二万五六〇〇円、昭和五一年分・四八九万三四〇〇円である。

3 同3の主張のうち、別表七ないし九の被告主張の売上金額欄のうち同各表原告の認める売上金額欄記載の売上金額は認め、その余を否認する。

(一) 被告の主張は、結局のところ、奥田振出手形のうち、〈1〉割引の場合は留保された金額、〈2〉満期取り立ての場合は入金の全額を売上高と推認することに帰するところ、原告は、奥田と義兄弟で、昭和四二・三年頃から金員の貸付・返済を繰り返えしており、本件係争各年分頃には、約三九〇万円の貸金残高があつたが、その返済には殆ど三~四ヶ月先を満期とする奥田振出の手形が利用され、回転していた。従つて、被告の推認方法では、右の貸金の返済分をも誤つて売上高として取り込んでしまうので、失当である。

(二) また、被告は、原告には現金貸付をする資金的余裕がなかつた旨主張するが、原告は昭和四六年の開業以前、約二〇年間採石業の山本憲二商店に勤務し、長男の万年も一八年間同商店に勤務しており、その間に原告と万年の貯えは相当な額に上つた。原告は開業時、開業資金として三〇〇万円を銀行から借り入れているが、これは資金がなかつたからではなく、銀行との付き合い上借入をしたにすぎない。

なお、奥田に対する右三九〇万円の貸付は、奥田が昭和四二・三年頃開業した際に、八〇万円を貸したのが最初で、その後は前記のごとく貸付・返済を繰り返えし、右の金額になつているので、本件係争各年に大口で貸付けたものではない。原告には、その程度の貸付をする余裕は十分あつた。

4(一) 同4(一)の主張は争う。

既に請求原因二1で述べたとおり、被告の係官は原告の調査理由の開示要求に対し何ら答えなかつた。原告は調査そのものを拒否したものではなく、申告のどのような点に疑問があるかを明らかにしてもらえば、帳簿等の提出にはやぶさかでない旨当初から明言していた。

このように、原告は、調査理由の開示があれば調査に応じる旨再三言明していたのであるから、調査が不能であることを理由に推計課税することは許されない。

(二) 同4(二)については、推計の必要性が認められる場合、被告主張の同業者の特別経費控除前の所得率を用いて、計算の基礎とすることは、争わない。

(証拠関係)

本件記録中の書証目録・証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

二  手続上の違法の主張について(請求原因二1、被告の主張一)

1  いずれも成立に争いのない甲第一・二号証、第三号証の一ないし四、第五号証の一・二、乙第八・九号証、第三五号証、証人富山久、同奥田満の各証言、同近藤定、同赤瀬万年の各証言(後記信用しない部分を除く。)によれば、次の事実が認められる。

(一)  原告の本件各係争年分の申告額が、前年分(昭和四八年分)の申告額(約三〇〇万円)に比し、特段の営業の変化もみられないのに、激減していること、申告書にはいずれも所得金額の記載しかなかつたことなどから、申告額の正否の確認のため、調査を行なう必要性があつた。

(二)  そこで、被告の係官は昭和五二年八月三日、原告の採石場や自宅を訪ね、原告や原告の長男の万年に対し、申告額が正しいかどうか確認したい旨調査目的を述べ、原告が全てを委ねているという万年から、原告の売上先、取引銀行、設備の状況等を聞き出すとともに、事業所得の計算の基礎となる帳簿・書類等の提出を求めた。しかし、万年らが提出したのは、民商の近藤事務局長の作成した昭和五〇年分と昭和五一年分の売上・経費(項目別)の総額及び所得金額を一枚の紙に記載した収支計算総括表と法定の火薬の使用簿のみであつた。そして、右総括表作成の基礎となつた売上帳簿、領収書等の原始記録は、民商に預けてあると答えたので、次回の調査を同月八日に行なうことで了解を得たうえ、その日までに取寄せておくように依頼した。

(三)  同月八日、被告の係官は、再度原告宅に赴き、前回取寄せを依頼しておいた原始記録の提出を求めたところ、万年から「まだ、取寄せていない。特定日を決めて、笠岡市の市民会館で民商の人の立ち合いのもとで原始記録を提示したい。」旨返答があり、これに対し、被告の係官は、守秘義務を理由として右申し出を断り、同人の了解を得た同月一九日に調査のため原告宅を訪れるからその時までに原始記録を取寄せておくように再度依頼して、その日の調査を終えた。

(四)  同月一九日、被告の係官は、原告宅に赴いたが、原始記録はまだ取寄せていないとのことであつたので、原告に対して、書類が揃つたら連絡して下さいとの旨伝えた。

(五)  その後、万年から連絡があり、被告の係官は、双方の都合が折合つた同年九月一六日に、原告宅に赴いた。そして、万年に原始記録等の提示を求めたところ、同席していた近藤ら民商の会員数名から、質問書と題する書面を提示され、調査の事前通知がなかつたこと及び調査理由についての説明が得られるまでは調査に協力しない旨言われ、結局その日は調査ができなかつた。

(六)  被告の係官は、第一回目の調査の際、原告の売上先を聞き出していたので、その頃から、売上先や取引銀行の反面調査を始めていた。そして、その調査結果等から可能な限り所得計算に必要な係数を実額により把握するとともに、一部把握不能なものについては推計によるなどしてとりあえず、所得金額を計算した。なお、右反面調査は通常行なわれる態様で実施された。

(七)  その後、被告の係官は、昭和五三年二月一六日、原告宅に赴き、万年に対し、右調査結果を説明し、修正申告する意思があるとか他に控除すべき特別経費が存在するのであれば同月二一日までに来署してもらいたい旨伝えたが、これに対し、原告らは何らの反論、特別経費の申立等しなかつた。

(八)  そこで、被告は、反面調査等の調査結果に基づき、本件各処分をした。

(九)  これに対し、原告は、本件各処分に対し異議申立を行なうとともに、国税徴収法一〇五条による徴収猶予の申立を、原告所有の不動産を担保提供する旨の書類を添付して、行なつた。被告は、右申立を認めず、昭和五三年六月山陽相互銀行笠岡支店の原告名義の預金等を差し押さえたことがあつた。

以上の事実が認められ、甲第一一号証(成立自体は証人近藤定の証言によつてこれを認める。)の記載及び証人近藤定、同赤瀬万年の各証言中右認定に反する部分はいずれも措信できず、他に右認定を動かすに足る証拠はない。

2(一)  右認定事実によれば、本件各処分は手続上適法に行なわれたものと認められる。

(二)  もつとも原告は、

(1) 請求原因二1(一)のごとく被告の税務調査を論い、本件各処分は、原告が民商会員であることを理由に行なつた差別処分で、違法であるという。

ところで、所得税法二三四条一項は、国税通則法二四条による更正処分等一定の処分を行なう際になされる所得税の調査について、税務職員は質問検査をなしうる旨規定しているところ、右質問検査の細目については実定法上なんら規定されていないから、質問検査の範囲、程度、時期、場所等実施の細目については、質問検査の必要性と相手方の私的利益との比較衡量において社会通念上相当と認められる範囲内である限り税務職員の合理的な選択に委ねられていると解せられる(最高裁判所第三小法廷昭和四八年七月一〇日決定、刑集二七巻七号一二〇五頁参照)。従つて、税務調査が社会通念上相当な範囲内でなされる限り、その事前通告や調査の具体的必要性、理由の開示がなかつたとしても、或いは、反面調査が比較的早い時期に行なわれたとしても、その税務調査が違法となるわけではない。

しかるに、前記認定事実によれば、被告の係官は、前記1(一)認定のごとく調査の必要があり、調査にあたつては、原告らに対し申告が正しいかどうか確認したい旨調査目的を述べ(これ以上の調査目的・理由の開示は、本件各申告書に所得金額のみしか記載がないなどの事情の下では行なうにも行なえない。)、正当に原始記録等の提出を求め、各調査期日はいずれも原告らの了解を得た日に行ない、更に最後には、自らの調査結果を説明し、それへの反論ないし修正申告の機会を与えているのであつて、適法に税務調査を行なつていると評価でき、その間に差別的措置を窺わせるものはないから、原告の右主張は採用できない。

(2) 請求原因二1(二)のごとく、被告の反面調査や本件各処分後の徴収猶了の申立拒否を論い、意図的に原告の営業権を侵害している等の違法があるという。

しかしながら、前記1(六)認定の被告の係官の行つた反面調査は、前記2(二)(1)に示した税務調査の適法性(そもそも調査手続の違法が課税処分自体を違法ならしめることがあるかの点については、この際触れない。)の解釈に照らすと、調査開始時期の点でも、必要性・被調査者・調査方法の点でも社会通念上相当な範囲内のものであつて、原告の営業権を侵害しその信用失墜を企図したものとは認めがたいし、前記1(九)認定の徴収猶予の申立拒否の事実は、本件各処分後の事情にすぎず、右事実から直ちに、被告が原告を倒産に追い込むことを企図(ないし認容)していたと推認することもできないのであつて、いずれにしても原告の前記主張は採用しがたい。

三  原告の総所得金額について(被告の主張二)

1  被告の主張二1の事実のうち、原告の総所得金額は事業所得のみからなること、別表四ないし六の事業所得の算出経過表記載の各同業者の特別経費控除前の所得率、特別経費及びその内訳、事業専従者控除額はいずれも当事者間に争いがない。

2  同2のうち、いずれも奥田に対する売上金額以外の事実は当事者間に争いがない。

3  奥田に対する売上金額につき検討する。

(一)  別表七ないし九の奥田満振出手形の状況の被告主張の売上金額欄記載の売上金額のうち同各表原告の認める売上金額欄記載の売上金額相当分は当事者間に争いがない。

(二)  そこで、争いのある売上金額(別表七ないし九の被告主張の売上金額欄中赤色アンダーライン表示部分参照。なお右争いのある売上金額中割引手形分及び代金取立分中のそれを、以下「本件係争預入金」という。)につき、〈1〉割引手形分、代金取立分、〈2〉現金売上分、〈3〉その他分に分けて検討する。

(1) 割引手形分・代金取立手形分

ア 被告は、本件係争預入金は、奥田が原告に対する売上代金支払のために振出した手形(以下「支払手形」という。)による入金であり、同額の売上金額があつたことを示すものであると主張するところ、原告はこれを争い、本件係争預入金は、奥田の融通手形(以下「金融手形」という。)ないし奥田の原告から借受けた現金貸付に対する弁済のための手形(以下「弁済手形」という。)による入金であり、売上金額が上がつたことを示すものではないと反論する。

ところで証人富山久の証言及びこれによつていずれも真正に成立したものと認める乙第一号証の一ないし七、第二号証の一ないし五によれば、原告と奥田間に取引があり、別表七ないし九の割引手形分及び代金取立分各記載の奥田振出の約束手形が、原告に交付され、同各表の手形記号番号欄から原告名義・山陽相互銀行笠岡支店・預入金額欄までの経過で原告の預金口座に入り、そのうちの全部又は一部が本件係争預入金になつている(なお、右約束手形中本件係争預入金の発生原因である分を、以下「本件係争手形」という。)ことが認められるが、右取引当事者間の帳簿、手形等が証拠として提出されていないため、直ちには右各手形が奥田の原告に対する売上代金の支払手形であるか否かを判断することができない。そこでこれを判断するために、消去法を用い、〈1〉原告主張の金融手形でないといえるか、〈2〉同じく現金貸付に対する弁済手形でないといえるか、〈3〉右金融手形・現金貸付に対する弁済手形・被告主張の売上代金に対する支払手形を除く、その余の目的を有する手形でもないといえるかについて順次検討してゆくことにする。それはもし右の三点が肯認されると、自動的に本件係争手形が奥田の原告に対する売上代金支払のための手形であつたと認めうることになるからである。

なお以下の検討においては、便宜、右の三点の判断に先立ち、まず共通する基礎的事実を認定し、続いて、右の三点につき順次判断しその都度売上代金の支払手形と認める余地のない手形を除き、更に被告主張の本件各係争年分の売上げに計上できないものを附加検討して除去し、結論にいたるものとする。

イ 基礎的事実の認定

前記乙第一号証の一ないし七、第二号証の一ないし五、いずれも成立に争いのない(原本の存在とその成立も争いがない。)乙第五号証の一ないし一〇、第六号証の一ないし六、弁論の全趣旨により成立を認める乙第三・四号証、第一〇号証の一ないし三、第一三号証、第二一号証、第二三号証の一ないし三、証人富山久、同下森貴代登、同奥田満、同赤瀬万年の各証言及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(ア) 原告とその長男の万年及び奥田は、ともに石材店の株式会社山本憲二商店に勤務していたこと、原告の妻の弟が奥田であること、奥田は、右勤務の傍ら、昭和四二年頃、石材販売業を始め、昭和四三年には、右商店もやめ、以後石材販売業に専念していること、原告も昭和四五年頃長男の万年とともに、右商店をやめ、昭和四六年から石材採掘業を始め、開業後一、二年経つたころから石材が取れだし、奥田に、これを継続して販売するようになつたこと、本件各係争年頃、奥田にとつて原告は、その総仕入金額の半分以上の仕入先であり、また原告にとつても、奥田は、訴外北木島石材株式会社(以下「北木島石材」という。)とともに大口販売先であり、原告、奥田双方にとつて、両者間の取引は、大きい比重を占めていたこと、

(イ) 原告と奥田間の販売代金の決済は、殆ど奥田振出の約束手形で行なわれていたこと、原告が奥田から受取る手形のうちには、原告から奥田に対する金融目的の手形も存在したこと、奥田はこれらの手形をすべて自分で支払つたこと、

(ウ) 原告は、奥田から受取つた手形は、支払手形にせよ金融手形にせよ、その殆どを、山陽相互銀行笠岡支店において、満期以前に割引を受けたり、満期まで待つて同支店に取立依頼したりし、その割引金、取立金を同支店の原告名義の普通預金・当座預金に入金していたこと、その詳細は、前記のとおり別表七ないし九の各割引手形分、代金取立分の手形記号番号欄から預入金額欄記載のとおりであること、その入金額のうち同各表中の割引(取立)当日の払出金額欄記載の金額が、割引(取立)当日出金されていること、また割引手形分については被告主張の売上金額欄記載の金額全額が、取立手形分については同欄記載の金額の殆どが、いずれも売上金額と推認した理由欄記載の理由により、入金口座にそのままか、或いは、他の原告や原告の家族名義の預金口座に留保され、割引(取立)当日の出金がないこと(但し、売上高として当事者間に争いのない別表八中のF〇三一三一の番号の手形(通し番号26-以下単に()内に通し番号のみ記載する。)を除く。)、

(エ) 原告が取引、貸付・借入等で行なう勘定は、殆どすべて原告やその家族の預金口座を経由して行なわれていたこと、

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

ウ 本件係争手形が金融手形でないといえるかについて

(ア) 本件係争手形中、代金取立分の全手形及び割引手形分中別表七の手形記号番号E〇五八七一(7)・E〇五八七二(8)のうちの手形額面金額五〇万円分、別表九の同E〇七二二三(59)のうち手形額面金額三〇万円分は、いずれも金融手形でないと認める。

なぜならば、仮に金融手形であるとすると、金融手形の性質上それは奥田の資金ひつ迫に伴い、同人の振出した手形を原告の取引銀行における信用を利用し原告の責任において割引き、奥田に融資するものであるから、奥田が手形を振出した日又はそれに近い日に、原告が当該手形を割引き、原告の口座内で即日又はそれに近い日に融資に見合う入出金の処理をして、奥田に金員を授受するはずである。しかるに前記イ認定の事実によれば、〈1〉代金取立分の全手形は満期の日まで取立てていないし(しかも、別表七及び九の売上金額と推認した理由欄記載並びに乙第一号証の一ないし七(以下便宜「総合口座元帳メモ」ということがある。)、第二号証の一ないし五(以下便宜「当座勘定元帳メモ」ということがある。)各記載のごとく、取立てて預金口座に入金した相当部分が、その後も原告又はその家族名義の預金として残留していたり、原告の車両購入資金に使用されていたりしている。)、〈2〉右手形記号番号E〇五八七一(7)・E〇五八七二(8)のうちの手形額面金額五〇万円分及び同E〇七二二三(59)のうちの手形額面金額三〇万円分も別表七及び九の売上金額と推認した理由欄並びに総合口座元帳メモ、当座勘定元帳メモ各記載のごとく、割引当日ないしそれに近い日に出金がなされている様子が窺われないため、いずれも金融手形と推認することができないし、他の右推認を左右するような事実を認めるに足る証拠もないからである。

(イ) 割引手形分中別表七の手形記号番号E〇五八六六(4)のうちの手形額面金額二四万円分、同表の同E〇五八七五(6)のうちの手形額面金額一二万円分及び五〇万円分、同表の同E〇五八七一(7)・E〇五八七二(8)のうちの手形額面金額一〇万円分、別表八の同F〇九一七八(36)のうちの手形額面金額三〇万円分、別表九の同E〇七二一五(57)・E〇七二一八(58)のうちの手形額面金額五〇万円分も金融手形でないと認める。

なぜならば、前記イ認定の事実によると、右各割引手形分は、いずれも手形の振出日に即日割引・入金・出金がなされている(もつとも右手形番号F〇九一七八(36)の手形は振出日と割引日・入金・出金日との間に一か月近いずれがある。)が、右各手形額面金額に対応する金員が、別表七ないし九の売上金額と推認した理由欄並びに総合口座元帳メモ、当座勘定元帳メモ各記載のごとく原告又はその家族名義の預金となつてその後も残留していることが認められるため、金融手形と認めがたいからである。

(ウ) 割引手形分中別表八の手形記号番号F〇七一九六(33)のうちの手形額面金額九七万八〇〇〇円分は、前記イ認定の事実によれば右手形(手形額面金額一七六万八〇〇〇円、満期昭和五〇年一一月三〇日)が振出である同年九月三〇日割引かれ即日全額原告の普通預金口座に入金になり、前記乙第一号証の三によれば右手形(手形額面金額一七六万八〇〇〇円、満期昭和五〇年一一月三〇日)が振出日である同年九月三〇日割引かれ即日全額原告の普通預金口座に入金になり、前記乙第一号証の三によれば右振出・割引・入金の二日後の同年一〇月二日同口座から一七九万円として出金されていることが認められる。してみれば右手形分は、前記(1)ウ(ア)に示した金融手形の趣旨からみて、原告が支払手形分である旨自白する七九万円を除くその余の部分(九七万八〇〇〇円)において、金融手形でないとは認められない。

その結果、昭和五〇年分の右手形のうち手形額面金額九七万八〇〇〇円分は、被告主張の売上代金に対する支払手形であると認めえない。

エ 本件係争手形が原告の現金貸付に対する弁済手形でないといえるかについて

被告は、この点につき、右手形による弁済の前定をなす原告の奥田に対する現金貸付自体が存在しない旨主張するので、検討するに、以下に述べることを総合して判断すれば、右現金貸付はなかつたと認められる。即ち、

(ア) 原告は、本件係争年分頃、奥田に現金貸付をするほどの資金的余裕があつたか疑わしい。つまり、

前記イ認定事実と前記乙第三・四号証、第一〇号証の一ないし三、第八・九号証、第三五号証、弁論の全趣旨により成立を認める乙第一一・一二号証、第二四号証、第二七号証、第三四号証、証人富山久の証言及び弁論の全趣旨によれば、原告は昭和四六年八月の開業当初、山陽相互銀行笠岡支店から開業資金三〇〇万円を、昭和四七年一二月に一〇〇万円を、昭和五〇年一二月に三〇〇万円をそれぞれ借入れ、昌彦が同年一二月に同支店から二〇〇万円を借入れていること、原告及び長男万年は共に昭和四五年に勤務先を退職し開業準備にかかり、昭和四六年開業後も商品となる石材を採掘できるまでに一・二年かかつており、原告の昭和四七年、四八年の確定申告額もそれぞれ八〇万円、三〇〇万円にすぎなかつたこと、他万、原告は、昭和四六年にはシヨベル、コンプレツサー等の機械器具やコンプレツサー小屋等を購入し、右機械器具は中古であつたが、右合計で一五〇万円以上の出費を要したし、昭和五〇年にはダンプ一台を約一三〇万円で購入したし、前記借入金三〇〇万円(開業資金分)も昭和四九年一月二五日までに、同一〇〇万円も昭和五〇年六月二五日までにいずれも利息付で分割完済し、同三〇〇万円も昭和五一年一二月末現在一二〇万円分を利息付で分割返済していたし、昌彦も同二〇〇万円を昭和五一年一二月末現在一三〇万円分返済していたこと、また原告の採石業から得る収益で、原告とその扶養家族である原告の妻・万年の妻と子供三人、その事業専従者である万年及び昌彦の生計費を賄つていたし、更に原告らは、昭和四九年末現在、原告とその家族名義で約一二〇〇万円の定期預金・積立預金等の定期性預金を残しているし、昭和五〇年終りから昭和五一年にかけて、昌彦の家(木造瓦葺二階建居宅床面積一一六・五五平方メートル、当時約七〇〇万円相当)を新築していることが認められ(右認定を左右するに足る証拠はない。)、また、右事業の特別経費(給料賃金、借入金利子・割引料、山手料・道路使用料、訴訟費用)として、昭和四九年に一七二万四五八五円、昭和五〇年に一九二万二〇一〇円、昭和五一年に二一二万〇六四〇円の出費をそれぞれ要したことについては当事者間に争いがないのであるから右諸事実に照らせば、昭和四九年から昭和五一年においては、原告は、新規の現金貸付はもとより、従前からの貸付金の返済金等を再度現金貸付することも、それをするだけの資金的余裕があつたかどうか著しく疑わしい。

(イ) 原告の具体的な預金・手形・現金・小切手等の動きの中で、原告主張どおりの奥田に対する現金貸付が見れるかも疑わしい。つまり、

a 現金貸付・返済の繰り返えしについて

(a) 原告は、本件係争年分頃には約三九〇万円の貸付金残高があり、返済には奥田振出の三、四ヶ月先満期の手形が利用され、返済・貸付・返済を繰り返えしていた旨主張する。

そこでそのような事実が原告の具体的な金銭の出入の中に窺われるか否かを検討するため、前記イ認定の事実、及び前記乙第一号証の一ないし七、第二号証の一ないし五によつて認められる普通預金・当座預金口座中の現金支払等の事実、前記乙第一〇号証の二によつて認められる原告家族名義の定期預金からの現金支払の事業に基づいて、奥田振出の手形の変動と原告やその家族名義の普通預金・当座預金口座における現金の払出。預入、振替等の預金の変動、原告の家族名義の定期預金からの現金支払(原告の場合、小切手。現金の取得、借入等も、或る程度まとまつた金額の場合には殆ど普通預金・当座預金・定期預金等を経由している。)等を経時的に図表化し、原告の行なつていた取引等の実体を考慮しながら遂一あたつてみた。

しかしながら、原告主張の如き、奥田振出手形による返済・現金貸付・返済が繰り返えされていることを明示するような、金額・日時等の点で関連性のある、手形の振出・割引・支払、預金の払出・預入の存在を看取することは、この検討の前提事実に不明点や不確定要素が少なからずあることを割引いて考えても、困難であるといわざるを得なかつた。

この点につき、証人富山久も、奥田振出の手形等の変動の中において原告主張の返済・現金貸付・返済の事実を認めることが困難であつた旨証言している。

(b) 原告の大口販売先である北木島石材に対する売上げ分の決済は、〈1〉前記イ認定の事実と証人富山久の証言によれば、殆ど小切手で行なわれ原告らの預金口座に預入れられていたことが認められるので、この小切手からの入金による繰返えしについては、既にこれを含めて前記(a)で検討済みであるし、〈2〉現金決済は、同証言によれば少なくとも被告の調査した額(即ち、当事者間に争いのない北木島石材に対する売上額)中には、殆どないことが認められる。

(c) その他の販売についても、〈1〉その売上金が原告らの前記預金口座を経由したものは、既に前記(a)で検討済みであり、〈2〉それ以外の現金売上等は前記当事者間に争いのない売上金額からみれば所詮たいした額ではないと考えられ、従つて、原告がそれを現金貸付に回わした可能性も殆どないということができる。

(d) 前記乙第一〇号証の一ないし三、第一一、一二号証及び弁論の全趣旨によれば、原告が原告及びその家族名義の定期預金等を解約したり、担保に入れて銀行融資を受けたりして、それを直接奥田に対する現金貸付に回わしていたことも窺われない。

b 本件係争手形中の多くのものは、仮にこれが弁済手形であるとするとそれに先立つ現金貸付、従つてそのための現金の所在が必要であるのに、原告の許に適切な現金の所在がみつかりにくい(この点は、既に前記aで試みた検討の中で経由した過程の一部であるが、本件係争手形の性質について直接触れるものであるから、煩瑣を厭わず記述することにする。)。つまり、

本件係争手形について、仮にそれが、奥田が原告から現金貸付を受けた際その将来の弁済のため振出されたものであるとすると、原告らの預金口座中の右振出日又はその直前の近い日において、右現金貸付にまわつた現金の払出があるはずである。そこで、そのとおりであるか否かを、次の(a)で、まず例示として、三通の本件係争手形により検討し、続いて(b)で、その余を一括して検討することとする。

(a) 別表七中代金取立分の手形記号番号E〇五八七〇(18)の手形額面金額一〇六万一〇〇〇円の手形は、振出日は白地であるものの、その手形記号番号に照らすと、同表割引手形分中の手形記号番号E〇五八六四(5)の手形と同E〇五八七一(7)の手形の各振出日の間に振出されたもの、つまり同年五月九日ないし七月一日間に振出されたものと推認されるところ、前記乙第一号証の一、第二号証の一によれば、その間に原告の普通預金ないし当座預金から現金出金された分で使途が明らかでないものは、六月一〇日三〇万円、五月一四日一〇万円にしかすぎないことが認められ、前記手形分に相当する現金貸付があつたにしては、その資金の出所がわからない。同様に、別表七の手形記号番号E〇八七七八(19)とE〇八七八〇(20)の両手形の手形額面金額合計三三八万二四〇〇円についても、同年六月三日から八月一三日までの間に振出されていると推認されるところ、前記乙第一号証の一・二、第二号証の一によれば、同期間中、原告の普通預金・当座預金から現金出金された分で使途が明らかでないのは、六月一〇日三〇万円と八月三日八〇万円にすぎず、これも同様に、現金貸付があつたにしては、その資金の出所が明らかでない。

(b) その余の本件係争手形は、その手形記号番号、振出日、振出した日をそう認めた理由、現金貸付相当分の手形額面金額が左記のとおりである。

〈省略〉

〈省略〉

(別表九の代金取立分中の四通の手形は、後記(二)(1)カの理由により除いた。)

(右表の検討には、便宜上後記その他分で認定の手形も含めている。)

そこで前記乙第一号証の一ないし七、第二号証の一ないし五によつて、右各手形につき、その振出日又はその振出されたであろう期間中、ないしそれらの直前の頃、原告の普通預金・当座預金から現金支払された分で使途が明らかでないものを探し出し、その金額の対応性をみると、別表七の手形記号番号E〇八七九一(21)、別表九の同D四八九九三(66)の手形分を除くその余は、前記同様現金貸付があつたにしてはその資金の出所が明らかでない。

c 原告は、本件係争年分頃約三九〇万円の貸付残高があつた旨主張するが、具体的な手形の変動等からみて、このような現金貸付の存在は不自然である。つまり、

(a) 原告のいう貸付残高三九〇万円中に金融手形による分を含まない趣旨であるとすると、前記イ認定の事実に弁論の全趣旨を合わせると、奥田は、金融手形による借入金が、例えば昭和五〇年八月二八日の時点において約四八〇万円(手形記号番号F〇三一四九、F〇七一九五、F〇三一四八、F〇七一八〇(29ないし32))近く、昭和五一年一二月二〇日の時点において少なくとも約七一〇万円(手形記号番号E〇七二〇五(50)、E〇七二一三(54)、F〇二九八九(55)、E〇七二一五(57)、E〇七二一八(58)、E〇七二二三(59))あるので、それに右三九〇万円ほどを加算した額が右二時点における奥田の借金合計額になるところ、証人奥田満の証言及び弁論の全趣旨によれば、奥田にそのような多額の借金があつたことを窺うことができないし、

(b) 右貸付残高三九〇万円中に金融手形による分を含む趣旨とする(金融手形も、原告の預金口座で割つて現金化し奥田に貸与する面では現金貸付である。)と、金融手形分のみでも右の如く相当多額になる時点があるし、また金融手形は前記イ認定のごとく奥田が直接銀行等に支払い原告に弁済手形を出すことがなかつたので、原告振出の手形による返済・現金貸付・返済を繰り返えすことがなくなり又は大巾に減少し、その繰り返えしがあつた旨の原告の主張と矛盾する可能性が強い。

したがつて、具体的な金銭の出入の中で、原告主張の三九〇万円の現金貸付残高があつたことをみることにも無理がある。

(ウ) 成立に争いのない乙第七号証及び証人下森貴代登の証言によれば、原告は裁決段階において、奥田の振出した手形について、被告の主張の大略を示されていたのに、これに対し、現金貸付分があり、それに対する手形による弁済であるとか、手形による返済・現金貸付・返済を繰り返えしていたものであるとかの反論は一切しておらず、専ら、右手形中には金融手形が含まれているとだけ反論していたにすぎなかつたことが認められる。

また前記乙第七号証、証人下森貴代登の証言及び弁論の全趣旨によれば、割引手形分中、売上代金の支払分として当事者間に争いのない部分(別表七ないし九の原告の認める売上金額欄参照)は、既に裁決段階においても、原告が売上と認めていた分であることが認められる。そして原告の裁決段階での右自認分は、別表八中の手形記号番号F〇三一三一(26)、F〇七一九六(33)の手形以外は、いずれも、割引日当日、割引金額全額ないし一部の出金がなく、入金口座内に留保されていたものであつて、原告の右段階での主張の骨子は、右のとおり、割引を受けた日に出金された分は金融手形、留保された分は支払手形というにあつたと考えられる。

(エ) 以上(ア)ないし(ウ)の諸事実が存在するもとでは、特段の事情がない限り、本件係争年分頃には、原告の奥田に対する現金貸付がなかつたものと推定される。

ところでこの点につき、証人奥田満は、奥田が原告に対し振出した手形のうちには、売買代金の支払のためのものの外、現金貸付に対する返済のためのものや両車を兼ねたものがあり、返済・貸付・返済を繰り返えしていた、これらの経過は手形用紙の控え(いわゆる手形のミミ)にメモしていたので、原告の本件異議申立ないし審査請求のころそれで確認した旨証言し、証人赤瀬万年も、同様、右手形のうちには現金貸付に対する返済のためのものがあり、返済・貸付・返済を繰り返えしていた旨述べ、そのような経過は原告方に残されている市販の大学ノートを利用した売上帳や領収書から調査できたような証言をなし、証人近藤定も、同様、右手形中には現金貸付に対する返済手形があつた旨述べ、これを裏付ける右の売上帳や領収書がほぼ揃つていた旨証言する。

しかしながら、証人奥田満の右証言は、もし証言どおりであるならば原告にとつて強力な証拠であり、原告も奥田に保管を依頼するであろう右手形用紙の控えを、昭和五五年ごろ必要がないので焼却した、自分の帳面を残しておくと取引先の課税の証拠となつたりして迷惑をかけるので、それを防ぐために焼き捨てた旨述べていること、及び、その証言内容に、矛盾・撞着・曖昧さ・他の右二名の証言との間のずれが目立つことなどに照らし措信しがたく、証人赤瀬万年の右証言は、証人富山久の証言によれば昭和五二年八月三日の第一回調査の際には万年が中心になつて被告職員に応待し、原告も万年にまかせてあるからと答えていたことが認められるのに、当番では、本件係争各年分の奥田の対する貸金の取扱いは原告が行ない、自分は関与していない旨述べ、採石業の経理面でも関与度が簿いと述べ、前記の調査段階における態度と矛盾しており、その他同人の証言内容には、曖昧さ・鰯盾・撞着・近藤証言とのずれなどが目立つし、更には、右の如き売上帳や領収書があるのならなぜそれを提出して反論しかいのか、もし近時それらを紛失又は廃棄したというのならば、かかる重大な証拠資料をなぜにそのようなことをしたのかなどの疑問が続出し、到底これを措信することができず、証人近藤の証言は、同証人が事後的に関与したものにすぎないこと、その際判断に使った前記売上帳や請求書が提出されていないことに照らし、未だ措信しがたい。

その他に前記特段の事情を認めるに足る証拠がない。

(オ) してみれば、先に述べたことく、原告の奥田に対する現金貸付自体がなかったものと認められるので、本件係争手形もそれに対する弁済手形でないと認められる。

オ 本件係争手形が、前記金融手形、弁済手形、売上金の支払手形を除く、その余の目的を有する手形でもないといえるかについて

前記イないしエ認定の各事実及び前記イ、エ掲示の各証拠に弁論の全趣旨を総合すれば、本件係争手形が原告の現金貸付に対し担保手形として振出されたものでないこと、その余の目的を有する手形でもないことが推認され、この推認を左右するに足る特段の事情を立証する証拠はない。

カ 被告主張の係争年分の売上金額に計上できるかについて

(ア) 本件係争手形中、別表九の代金取立分手形記号番号AN一七八五四一、D四八九五七、D四八九七七、D四八九七六(61ないし64)以外の手形は、前記イ認定事実によればいずれも被告主張の係争年分の売上金額に計上できる。

(イ) しかしながら、

a 右手形記号番号D四八九五七(62)の手形額面金額一〇一万六〇〇〇円の手形は、前記イ認定の事実によれば、別表八の割引手形分中の手形記号番号D四八九五八(35)割引年月日昭和五〇年一二月一日の手形と対比すると、同日以前に振出された可能性が強く、昭和五一年分の売上であることは認めがたい。

b 右手形記号番号AN一七八五四一(61)の手形も、同様、その支払期日と右番号D四八九五七(62)の手形の支払期日とを対比すると、昭和五〇年分の売上であった可能性が強く、昭和五一年分の売上であったことは認めがたい。

c 右手形記号番号D四八九七六(64)、D四八九七七(63)の両手形は、前記イ認定の事実によれば別表八の右手形記号番号D四八九五八(35)振出年月日昭和五〇年一〇月三一日の手形と別表九の右手形記号番号D四八九八〇(40)振出年月日昭和五一年一月九日の手形との間において振出されたものと推定されるところ、右各手形の右手形記号番号の順序・間隔、及ぎ別表九の右手形記号番号D四八九九七(45)、E〇七二〇一(46)、F〇二九七七(47)、E〇七二〇五(50)、E〇七二一〇(52)の五通の手形の満期がいずれも振出日の丁度五ヶ月先に定められている事実に照らすと、昭和五〇年中に振出された可能性が残り、末だ昭和五一年分の売上げであと認めることができない。

カ してみれば、本件係争手形中、前記のウ(ウ)認定の別表八の手形記号番号F〇七一九六(33)のうち手形額面金額九七万八〇〇〇円分及び同カ(イ)認定の別表九の手形記号番号D四八九五七、AN一七五四一、D四八九七六、D四八九七七(61ないし64)の分をそれぞれ除したその余は、先にアにおいて述べたごとく、前記ウないしオの認定判断において金融手形、弁済手形、その他の手形であることが消去されたので、その結果、被告主張どおり原告の売上金に対する支払手形であるものも認められる。したがってこれによって発生した本件係争預金部分の金額は、原告の奥田に対する売上金額として計上し得ることになる。

以上のとおりであって、手形割引分、代金取立分の売上は、右認定額と当事者間に争いのない額とを合計した次の額となる。

昭和四九年分 九四九万一一六〇円

昭和五〇年分 二七七万七六〇〇円

昭和五一年分 五六五万九四〇〇円

(2) 現金売上分

現金売上分として当事者関に争いがあるものは、別表八の昭和五〇年分現金売上分中の一〇〇万円(37)のみである。そして、前記乙第一号証の四、第五号証の六によれば、昭和五〇年一二月三一日、原告名義の普通預金口座に二一四万八〇〇〇円の現金入金があっことが認められるが、うち原告が奥田への売上であると自認する一一四万八〇〇〇円を超える部分の現金の出所が奥田からであったことを認めるに足る証拠はないので、この点に関する被告の主張は採用できない。

そうすると、現金売上分にしては、当事者間に争いのない次の金額のみとなる。

昭和四九年分 三三万九六二〇円

昭和五〇年分 一一四万八〇〇〇円

昭和五一年分 三万四〇〇〇円

(3) 成立に争いのない乙第一四号証の一・二、弁論の全趣旨により成立を認める乙第一五ないし二〇号証、前記乙第三四号証及び弁論の全趣旨によれば、別表八、九のその他分記載のとおり、原告は、奥田から振出を受けた手形、小切手を、自ら支払場所で取立てたり、債務の支払として他に譲渡していることが認められ、右認定事実に、前記(二)(1)エにおいて認定判断したとおり原告から奥田に対する現金貸付がなかったとことを総合すれば、その処分として被告主張の売上金額欄記載の次の売上があったことが認められる。

昭和四九年分 〇円

昭和五〇年分 一一五万円

昭和五一年分 八〇万五〇〇〇円

(4) 右(1)ないし(3)で判断したところによれば、原告の奥田に対する売上金額の合計は、次のとおりとなる。

昭和四九年分 九八三万〇七八〇円

昭和五〇年分 五〇七万五六〇〇円

昭和五一年分 六四九万八四〇〇円

(5) そして、右金額に、前記2の当事者間に争いのない奥田以外の売上金額を合計すれば、原告の総売上金額は、次のとおりとなる。

昭和四九年分 一二〇八万四六八〇円

昭和五〇年分 九〇八万九六〇〇円

昭和五一年分 七四九万七二二〇円

4  一般経費(特別経費控除前の所得金額)について

(一)  前記二において認定判断したところによれば、原告の申告書には所得金額のみしか記載されていなかったこと、そこで被告は税務調査を行なったが、これに対し、原告側から、調査の事前通知がなかったが、これに対し、原告側から、調査の事前通知がなかったことか、調査理由についの説明がえられるまでに調査に協力しないとか言われ、税務調査につき協力がえられず、原告の一般経費を実額で把握することが不可能であったこと、原告の右税務調査への不協力には正当な理由がな

いことそれぞれ認められるので、これからの諸事情を考えれば、原告の一般経費につき推計計算をする必要性を認めることができる。

(二)  推計計算の必要性が認められる場合、別表四ないし六の各付表の同業者の平均算出所得率を用いて原告の特別経費控除前の算出所得金額を算出することは、原告において争っていない。

5  割引料について

割引料については、前記1のとおり、原告は認めているところ、弁論の全趣旨によれば、原告は認めているところ、弁論の全趣旨によれば、原告は、被告主張の割引料の中には、前記認定にかかる割別手形の売上に関する割引料が含まれていることを含め認める趣旨であったと解せられる。

6  右1ないし5において認定判断したところに従えば、原告の昭和四九年分の総所得金額即ち事業所得金額は、別表四のとおり五五三万四六八三円となり、昭和五〇年分、昭和五一年分については、別表一〇、一一のとおり、それぞれ三〇五万二六〇二円、一三七万三二〇六円となる。

従って、昭和四九年分、昭和五〇年分の更正処分は、右認定の総所得金額の範囲内でなされたものであるから、原告の、総所得金額を過大に認定した違法がある旨の主張は理由がない。しかし、昭和五一年分について、総所得金額は、原告の申告額一七九万三一〇〇円を超えていないから、右違法がある旨の原告の主張は理由がある。

四  以上認定のとおり、本件各更正処分のうち、昭和四九年分、昭和五〇年分については、原告主張の違法事由は認められず、適法であることが明らかである。従って、同各年分について各加算税の賦課決定処分も適法である。そして、昭和五一年分の更正昭和五一年分の更正処分は、原告申告の総所得金額一七九万三一〇〇円を超える部分は、違法であり、従って、同年分の過少申告加算税も違法である。

五  よって、原告の請求を、主文一項記載の限度で認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 笠井達也 裁判官 東畑良雄 裁判官 玉置健)

別表一 昭和四九年分課税経過表

〈省略〉

別表二 昭和五〇年分課税経過表

〈省略〉

別表三 昭和五一年分課税経過表

〈省略〉

別表四 昭和四九年分事業所得の算出経過表

〈省略〉

別表五 昭和五〇年分事業所得の算出経過表

〈省略〉

別表六 昭和五一年分事業所得の算出経過表

〈省略〉

別紙四の付表 昭和四九年分同業者の比率表

〈省略〉

別表五の付表 昭和五〇年分同業者の比率表

〈省略〉

別表六の付表昭和五一年分同業者の比率表

〈省略〉

別表七

割引手形分 昭和49年分 奥田満振出手形の状況

〈省略〉

代金取立分

〈省略〉

(注) 「支払場所」欄の山相/笠岡は、山陽相互銀行笠岡支店の略である。(別表八及び九においても同じ)

別表八

割引手形分 昭和50年分 奥田満振出手形の状況

〈省略〉

〈省略〉

その他分

〈省略〉

(注) 「支払場所」欄の中国/笠岡は中国銀行笠岡支店、玉信/笠岡は玉島信用金庫笠岡支店の略である(別表九において同じ。)

別表九

割引手形分 昭和51年分 奥田満振出手形の状況

〈省略〉

代金取立分

〈省略〉

その他分

〈省略〉

別表一〇 昭和五〇年分事業所得算出経過表(当裁判所認定分)

〈省略〉

別表一一 昭和五一年事業所得算出経過表(当裁判所認定分)

〈省略〉

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